諦めるということ

「諦める」という言葉について、
あなたはどんなイメージを持っていますか?

不平不満が出たとき、
「もう諦めればいい」「期待しなければ腹も立たない」
そんなふうに思ったことがある人もいるかもしれません。

諦めれば、期待しない。
期待しなければ、不平不満も出ない。

確かに、理屈としてはそう聞こえます。

でも、私は長い間、
その「諦める」ということが、どうしてもできませんでした。

「期待するから苦しくなるんだよ」
何度もそう言われましたが、
私にとって“諦める”とは、
希望を手放すこと、心を閉じることと同義だったのです。


諦める=断念、ではなかった

あるとき、
「諦める」という言葉の本来の意味を聞きました。

諦めるとは、
“明らかにすること”

投げ出すことでも、負けることでもなく、
状況や自分の内側を、はっきりと見つめること。

その言葉を聞いてから、
私は「明らかにする」という姿勢で、
物事を見ようと意識するようになりました。

とはいえ、
“理解したつもり”と“本当にできる”の間には、
大きな差があります。

私も長い間、
その本当の意味を掴めずにいました。


ある日の出来事

通常業務を行っていたある日。
まったく関係のない部署の人から、

「問題だと思ったので、こちらで変更しました」

という突然のメールが届きました。

すぐに「通話できますか?」とチャットを送りましたが、
返答はなく、そのまま話は進められてしまいました。

落ち着いてから、
「何が問題だったのか」「どう改善するのがベストなのか」
そうした点を確認しても、
はっきりとした答えは返ってきません。

後日、
「気になる点があれば、事前に連絡をもらえますか?」
と伝えたところ、

「特にないよ。確認もしたくない」

という返事。

丁寧語を使えば
「丁寧すぎて距離を感じる(笑)」と言われる始末。

正直、かなり怒っていました。
自分の怒りが勘違いなのかどうか、
AIに聞いたほどです(笑)


明らかにしてみる

別の同僚とこの出来事について話したとき、
見えてきたのは、とてもシンプルな事実でした。

「深く考えず、ただ気になったから変更した」

それだけ。

悪意も、責任感もなく、
ただ“気になった”という理由。

それが事実でした。


期待していたのは、私だった

私の本音は、こうでした。

勝手に手を出してほしくない。
問題だと騒ぐなら、
当事者として関わり、最後まで責任を持ってほしい。

そして何より、
話し合いながら、より良い形を一緒に作っていきたかった。

――でも、それは私の期待でした。

相手は、
そうした関わりを望んでいなかった。
あるいは、できなかった。

ここで、ようやく気づいたのです。

私は
「仕事とは、意思疎通を大切にしながら進めるもの」
という前提を、
無意識に“当たり前”だと思い込んでいたのだと。

でも、
そうした価値観を持たない人も、確かに存在する。

そして、
そういう人を無理に受け入れる必要はないのだと。


手放す、という選択

だから私は、
それ以上関わることをやめました。

組織の中で、
無理に仲良くする必要も、
相手の機嫌を取る必要もありません。

ただ、
冷静に、距離を保って見つめる。

それでいい。

そう思えるようになったのは、
自分の内側にある感情や思い込みを、
少しずつ理解できるようになったからだと思います。

感情を抱えたままだと、
怒りが一番に表に出てきます。

でも、
一度立ち止まり、
「何が起きているのか」「何を期待していたのか」
それを明らかにすることで、
心は静かになります。


諦めること=明らかにすること

諦めるとは、
状況を正しく見て、
自分の願望や思い込みから自由になること。

無理に納得することでも、
自分を押し殺すことでもありません。

もし、
感情に飲み込まれそうになったときは、
一度「明らかにする」ことを選んでみてください。

一人で難しいと感じたら、
そのときは、ぜひ声をかけてくださいね。

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